#004 aei 桑山明美 金工作家
2022.10.24
2022.10.24
海から少し離れた高台に、かわいらしい三角屋根のアトリエはあった。
入口に足を踏み入れると、部屋の内窓の向こうに高い空と木々が見える。
風が強い秋晴れの日、金工作家のaei 桑山明美さんのアトリエに伺った。
自然光が差し込むギャラリーのガラスケースの中には、真鍮やシルバーで作られた緻密なデザインの装身具たち。その奥に作品を制作するスペースがある。
少し高い位置に広く設けられた窓からは秋の空と木々が見え、アトリエの中はまだ新しい木の香りがする。
風の音に包まれながらやわらかな木漏れ日の中に佇んでいる、とても心地の良い空間。
「外の人工物が見えると集中できないので、ここに座ったときに見える景色にこだわって窓を作ったんですよ」と桑山さんは笑う。
制作スペースには糸のこや刻印、針のように細い金属製の棒、貝殻やドライフラワーが詰まったガラス瓶、新しい銅板、ビーカーなどがあり、さながら木工室や理科室、美術室のような雰囲気だ。
今回は、簪の仕上げと、思い入れのある作品だというバングルの制作工程について見学させてもらった。
一定のリズムで響く、高い金属音。
ミリ単位の細密なデザイン画に合わせて、ひとつひとつ手作業で刻印が打ち込まれていく。
手のひらにすっぽりと収まってしまう小さな金属製の板の中に、少しずつ角度を変えながら細かな紋様が彫り込まれる。
息をするのも憚られるような、集中力と根気を要する時間だ。
明るい室内にカンカンと響く音は、どこか金管楽器のようにも聴こえる。
それぞれのパーツが完成すると、丁寧にヤスリをかけて面取りを施していく。
長く身につけてもらう装身具は、しっかりとバリ取りをして肌触りにもこだわっています、と桑山さん。
形が完成したら、ロウ付けをして、薬品につけて風合いを出す。
仕上げをする際は、ピカピカに磨き上げることもできるが、敢えて風合いを残しているのだそうだ。
「ピカピカに仕上げるのは機械でもできる。でも、手の痕跡を残して、時間の経過で見た目が変化することも踏まえて作っています」と言う。
確かに、真鍮やシルバー、ゴールドでできたイヤリングや指輪、バングルなどを見ていると、それぞれの作品に人の手で作られた痕跡や息遣いが感じられる。
もう一つ、印象的なのが身近な風景を映したという作品に付けられた名前だ。
「風が運んだ香り」「旅の指針」「月になりたかった鳥」など、詩的な世界観に満ち溢れている。
作品を見つめていると、詩や音楽が奏でられているような、そんな心持ちがしてくるのだ。
「こうした素敵なタイトルは、身近な緑や海から着想を得ているのですか?」と尋ねると、意外にも「いろいろとインプットしているのもありますが、ふとした瞬間や、家事をしている時に降りてきたりすることが多いんですよ」とのこと。
丁寧に作られた小さな作品たちの中には、桑山さんの目を通して映し込まれた風景と、叙情的な物語がどこまでも広がっていた。
桑山明美と言います。
愛知県常滑市という街で生まれ育ちました。
常滑市は焼き物の産地で、周りが工芸とかものづくりの街なので、知らないうちに影響を受けてものづくりが好きになったのかなと今になって思います。
美術大学に入って金工を学び、それから卒業と同時に「aei」という屋号で活動を始めました。
「aei」という屋号は古いギリシャの言葉で「永遠」という意味があります。
私の下の名前が「明美(akemi)」なので母音が「aei」と一緒で、運命的な出会いを感じて「aei」という名前で活動しています。
私は風景を写し取ったような作品を作っています。
このバングルも森の風景を写し取ったような作品で、森で鳥が騒いでいる「森の合唱団」というタイトルです。
糸鋸で透かして形を作った後に、別の刻印を打ちつけて模様を描いて、最終的にバングルの形になります。
このバングルはとても思い入れのある作品で、初めのひとつを作った時は臨月で、真夏でした。
前のアトリエはエアコンもない環境で、37度の猛暑の日に汗がぼたぼた落ちる中で作っていたんです。
その環境もあってすごく満足して「よし産むぞ!」と作ったような作品です。
それから子を産んで、3ヶ月のときに初めての個展で発表した作品になります。
今日作った簪(かんざし)は、お客様のリクエストで生まれた作品です。
図案は3タイプあって、この作品はオリーブで、他にミモザとクローバーもあります。
昔から花冠を作るのが好きで「編みかけの花冠」というタイトルをつけています。
でも私、最後まで円にできなくて。編みかけなんですよね、いつも(笑)
そういうことを思い出しながら作った作品になります。
普段の日常の片隅の些細な出来事なんですけど、画家が風景描いたり、カメラマンが写真を撮ったりするっていうのと一緒ですね。
私も目で見た景色を小さい彫刻として作っているだけで、特別なことは何もないけど「素敵な景色とか物を所有したい」という思いから形にしています。
目標はまずは続けることです。
何かこれをやりたいっていう大きな目標はないんですけど、この職業は定年退職がないのがいいなと思っています。
ずっと多分、私はおばあちゃんになっても手が動く限り作り続けてると思います。
自分のペースでいいと思うんですよね。
私は作らないと不安になるから作っているだけで、作りたくなければ休憩してもいいし、違うことをやってもいいと思います。
多分、作りたい人はまた作りたくなると思うんですよ。本当に自由でいいと思う。
お金がないと心が貧しくなるとは思うんですよね。
(制作費や生活費など)必要最低限の生活が成り立つ分は補って、自分の好きなこともやる。
生活って人それぞれなので、バランスもあると思うんですけど。
周りに頼ることはすごく大事で、口に出すことは大切にしてきました。
「作家活動をやってるよ」とか、いろんな場所で仕事がもらえるように自己紹介していく。たまに恥ずかしいこともありますけど(笑)
自分から前へ前へ。仕事は待たずに拾いにいくっていう精神は必要ですよね。
10月29日(土)30日(日)に、千葉県の市川市で「工房からの風」というイベントに出させてもらいます。頑張ってきます。
ご自身のことを「回遊魚のようにいつも動き回っています」とおっしゃっていた桑山さん。
明るさとしなやかさ、そしてパワフルなバイタリティーが作家活動を続ける源にあるのだと感じました。
今後は作品を通じて、全国を旅したいとの目標もあるとのこと。
来年には、個展で大人向けと子供向けのワークショップも予定しているそうです。
ぜひ機会があれば実物の作品を手に取って見てみてくださいね。